
技術の発展は素晴らしいですね。
まだ手の描写や細かい表現については課題が残りますが、時間の問題でしょう。
皆さんは「AIアート」についてどんなことを思いますか?
この記事では、
1、私がAIアートについて思うこと
2、絵を描く職業はAIに食われることは無い
3、AIアートという分野をどのように受け入れるか
ということについて書いていきます。
※注意※
私はAIアートを使ったことがありません。
AIを使って絵を作っている動画を視聴したり、活用されている場面を調べたりした状態でこの記事を書いています。
私がAIアートについて思うこと
技術の発展は素晴らしい
「単語を打ち込めば、10秒ほどで素晴らしい絵が大量生産できる。」
描く側の感情としては複雑ですが、技術の発展という意味では素晴らしいです。
絵を描くことが苦手な人や、イメージがあっても形にする技術が無かった人にとって、非常に嬉しい技術だと思います。
絵を使う、描く、作ることのハードルが大きく下がり、今まで到底作ることが出来なかった綺麗な絵がより身近なものになったと思います。
描く側の感情としては複雑ですが、技術の発展という意味では素晴らしいです。
絵を描くことが苦手な人や、イメージがあっても形にする技術が無かった人にとって、非常に嬉しい技術だと思います。
絵を使う、描く、作ることのハードルが大きく下がり、今まで到底作ることが出来なかった綺麗な絵がより身近なものになったと思います。
絵を「描く」と「作る」

単なる絵として比べてはいけないと考えます。
「人間が描いた絵」と「AIで描かれた絵」を別物として考えることができれば摩擦は減ると思います。
絵を描いている人は、今までの練習で培ったものを使って文字通り絵を描いています。しかし、AIの場合には、文字の入力が全てです。「パース」「配色」「人物の骨格」「光のあたり具合」「デザイン」などはあまり関係がありません。何度も何度もコードを打ち込み、画像を精査して、生み出しています。「絵を描いた」とは思いませんが、「絵を作った」とは思います。
感情論で話すと、自分が今まで努力して作ってきたものを、パッと生み出されてしまうと悔しいです。どのように描いたかわからない、自分が到底追いつけないような綺麗で完成された絵を数秒で作られてしまうと、自分を否定されたような気にもなってしまいます。「あなたの絵は全てAIで補完できます」と言われているような気さえしてきてしまいます。
絵を描いても、AIで絵を作っても、出来上がるものは「絵」です。
結果だけを見てしまうと同じ絵なので比べる要素は「出来栄え」「技術の高さ」などになってしまいますが、制作過程を理解すれば、あまり感情的になることはないのではないでしょうか。
生み出すものは絵なので同じですが、根本的には別物ですね。
「人間が描いた絵」と「AIで描かれた絵」を別物として考えることができれば摩擦は減ると思います。
絵を描いている人は、今までの練習で培ったものを使って文字通り絵を描いています。しかし、AIの場合には、文字の入力が全てです。「パース」「配色」「人物の骨格」「光のあたり具合」「デザイン」などはあまり関係がありません。何度も何度もコードを打ち込み、画像を精査して、生み出しています。「絵を描いた」とは思いませんが、「絵を作った」とは思います。
感情論で話すと、自分が今まで努力して作ってきたものを、パッと生み出されてしまうと悔しいです。どのように描いたかわからない、自分が到底追いつけないような綺麗で完成された絵を数秒で作られてしまうと、自分を否定されたような気にもなってしまいます。「あなたの絵は全てAIで補完できます」と言われているような気さえしてきてしまいます。
絵を描いても、AIで絵を作っても、出来上がるものは「絵」です。
結果だけを見てしまうと同じ絵なので比べる要素は「出来栄え」「技術の高さ」などになってしまいますが、制作過程を理解すれば、あまり感情的になることはないのではないでしょうか。
生み出すものは絵なので同じですが、根本的には別物ですね。
AIにはAIの大変さがある
AIアートは絵師、写真家界隈では非難の的になっていると思います。
しかし、AIを使う側の大変さもあります。簡単に思い通りの絵が生み出せるとは限らないですからね。
AIで絵を作る時には、単語を組み合わせ、生成された画像から更に画像を生み出し精査していきます。単語を増やしたり、減らしたり、並び順を工夫したりと、何度も試行錯誤を重ねます。それに多くの時間を割くこともあるので、「パッと何でも作れる」という言葉通りのものではないです。
自分が納得する絵を生み出すまでには、やはり時間はかかります。
「AIでなんでも描けるのなら、お金を払って絵を描いてもらう必要ない」と言っている人には、一度自分でAIを使用することをおすすめします。ただ絵を生み出すだけなら簡単かもしれないが、「あるテーマに沿った絵」を生み出すことは容易ではないです。
どんなものでも同じですが、本当に簡単に作れるものなどなく、AIを使ったら使ったでその大変さは生まれてしまいます。
しかし、AIを使う側の大変さもあります。簡単に思い通りの絵が生み出せるとは限らないですからね。
AIで絵を作る時には、単語を組み合わせ、生成された画像から更に画像を生み出し精査していきます。単語を増やしたり、減らしたり、並び順を工夫したりと、何度も試行錯誤を重ねます。それに多くの時間を割くこともあるので、「パッと何でも作れる」という言葉通りのものではないです。
自分が納得する絵を生み出すまでには、やはり時間はかかります。
「AIでなんでも描けるのなら、お金を払って絵を描いてもらう必要ない」と言っている人には、一度自分でAIを使用することをおすすめします。ただ絵を生み出すだけなら簡単かもしれないが、「あるテーマに沿った絵」を生み出すことは容易ではないです。
どんなものでも同じですが、本当に簡単に作れるものなどなく、AIを使ったら使ったでその大変さは生まれてしまいます。
絵を描く職業はAIに食われることは無い
イメージに合わせる困難さ
イラストレーターは「相手のイメージを形にする」ということが重要です。
「技術の高さ」も外せませんが、依頼者のイメージがあってはじめて私達の仕事が生まれます。そのため、相手のイメージに寄り添えなければ仕事を成立させることが出来ないのです。
また、修正をする時にも問題は起こります。
AIの絵の生み出し方は「単語から1枚の絵を生み出す」です。そのため「一度生み出された絵の一部分を修正」という作業は今のところ困難です。この絵の一部分だけを直してほしい、という要望に応えるためには、自分で加筆するしかないのです。
「絵柄」についても問題は残ります。
AIで生み出した超美麗な絵であっても、「ある場所に相応しいかどうか」というふるいに掛けられると除かれることもあります。「個展」では輝くかもしれませんが、その場の雰囲気を壊さないような絵を生み出すこともまだ難しいと思います。
「技術の高さ」も外せませんが、依頼者のイメージがあってはじめて私達の仕事が生まれます。そのため、相手のイメージに寄り添えなければ仕事を成立させることが出来ないのです。
また、修正をする時にも問題は起こります。
AIの絵の生み出し方は「単語から1枚の絵を生み出す」です。そのため「一度生み出された絵の一部分を修正」という作業は今のところ困難です。この絵の一部分だけを直してほしい、という要望に応えるためには、自分で加筆するしかないのです。
「絵柄」についても問題は残ります。
AIで生み出した超美麗な絵であっても、「ある場所に相応しいかどうか」というふるいに掛けられると除かれることもあります。「個展」では輝くかもしれませんが、その場の雰囲気を壊さないような絵を生み出すこともまだ難しいと思います。
依頼者が自分で出来てしまう
現段階では、AIは誰でも使うことが出来ますし、誰でも商用利用することが出来ます。
そのため、依頼しなくしても自分で出来てしまうのです。もちろん、単語、並び順、絵の精査の段階でそれぞれテクニックがあるとは思いますが、全員が同じ土俵に立てている状態です。
納得できる絵になるかどうかは別問題として、絵を生み出すだけだったら非常に簡単です。
そのため、依頼しなくしても自分で出来てしまうのです。もちろん、単語、並び順、絵の精査の段階でそれぞれテクニックがあるとは思いますが、全員が同じ土俵に立てている状態です。
納得できる絵になるかどうかは別問題として、絵を生み出すだけだったら非常に簡単です。
AIアートという分野をどのように受け入れるか
ここまで述べてきましたが、感情論で話せば私もやっぱり「悔しい」です。
まだまだ嫌悪感は拭い切れません。
何をされたわけでもないですが、嫌だなという気持ちを抱いてしまいます。
しかし、今は少しだけ和らいでいます。
以下のように考えられるようになったからです。
まだまだ嫌悪感は拭い切れません。
何をされたわけでもないですが、嫌だなという気持ちを抱いてしまいます。
しかし、今は少しだけ和らいでいます。
以下のように考えられるようになったからです。
1→100はできるが、0→1ができない。

AIは「道具」なので、既にあるものから多くを生み出すことは得意ですが、新しいものやアイデアを生み出すという点では、まだまだ人間の方が得意です。
イラストレーターが考えて描いている時点で、その絵はAIに生み出すことは出来ません。
パッと見の華やかさや、可愛さ、荘厳さで劣ると思ったとしても、自分で描いた絵は唯一無二です。
イラストレーターが考えて描いている時点で、その絵はAIに生み出すことは出来ません。
パッと見の華やかさや、可愛さ、荘厳さで劣ると思ったとしても、自分で描いた絵は唯一無二です。
自分に何が残るか、成長するか、で考える

AIでたくさんの絵を生み出している人の成長するものは、「最適な文字列を見つける」ことです。
生み出された絵を修正するという練習も出来ますが、最初から全て描けるかどうかは怪しさが残ります。
実際に手を動かして描いている人の成長するものは、「絵を描く技術」です。
自分が何を優先しているかによりますが、絵を描きたいと思っている人が絵を描いたことによって高めた技術は、自分の中に残り続けるものです。PCでも紙でも絵の具でも表現が可能ですが、AIはPCやスマホがなければできないことです。
自分に何を残したいか、何を成長させたいか、何を大切にしたいかがはっきりすれば、嫌悪感は和らぐのではないでしょうか。
私は自分に「絵の技術」を残し、「自分の絵で相手を笑顔にする」ということを大切にしたいので、AIに対して嫌悪感は抱いていません。むしろ素晴らしい技術ではあるので、どんどん発展して、「AIアート」という業界を確立してほしいと思います。
生み出された絵を修正するという練習も出来ますが、最初から全て描けるかどうかは怪しさが残ります。
実際に手を動かして描いている人の成長するものは、「絵を描く技術」です。
自分が何を優先しているかによりますが、絵を描きたいと思っている人が絵を描いたことによって高めた技術は、自分の中に残り続けるものです。PCでも紙でも絵の具でも表現が可能ですが、AIはPCやスマホがなければできないことです。
自分に何を残したいか、何を成長させたいか、何を大切にしたいかがはっきりすれば、嫌悪感は和らぐのではないでしょうか。
私は自分に「絵の技術」を残し、「自分の絵で相手を笑顔にする」ということを大切にしたいので、AIに対して嫌悪感は抱いていません。むしろ素晴らしい技術ではあるので、どんどん発展して、「AIアート」という業界を確立してほしいと思います。
絵の価値は絵の出来栄えだけでは決まらない

素晴らしい絵を見たあと、その絵を見た人が次何をするかを考えてみます。
次にすることは恐らく、Twitterでもpixivでも、各種SNSでも、その人のプロフィールを見たり、別の作品を見たり、どんな人なのかを調べたりすることだと思います。
絵は、その絵と、その絵に込められた想いと、描いた人自身と、いろいろな要素を持って価値となります。
そして、絵の価値は見る人によって違います。結局は見る側がそれぞれで価値を決めるので、AIアートと自分の絵の間に優劣はないのです。
絵を比べて一喜一憂することに労力を割くのであれば、自分の納得する楽しい絵を描いて、気持ちを上げた方が有益な時間になりますね。
次にすることは恐らく、Twitterでもpixivでも、各種SNSでも、その人のプロフィールを見たり、別の作品を見たり、どんな人なのかを調べたりすることだと思います。
絵は、その絵と、その絵に込められた想いと、描いた人自身と、いろいろな要素を持って価値となります。
そして、絵の価値は見る人によって違います。結局は見る側がそれぞれで価値を決めるので、AIアートと自分の絵の間に優劣はないのです。
絵を比べて一喜一憂することに労力を割くのであれば、自分の納得する楽しい絵を描いて、気持ちを上げた方が有益な時間になりますね。
終わりに
沢山述べてきましたが、AIアートを批判するわけではありません。
何度も言いますが、技術として素晴らしいので、どんどん発展していってほしいです。
そして、AIアートと絵師が上手に住み分けできるような状態になることを期待しています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
何度も言いますが、技術として素晴らしいので、どんどん発展していってほしいです。
そして、AIアートと絵師が上手に住み分けできるような状態になることを期待しています。
最後まで読んでいただきありがとうございました。